161203

161203米子駅についてみんなで考えるシンポジウムが開催されました。

前半はまず、主催者である建築学会の鳥取支部長さんの挨拶、米子高専専攻科の学生さんによる、現在の米子駅事業概要紹介と続き、内藤廣先生の基調講演「駅から始まるまちづくり」という流れ。後半のパネルディスカッションは、内藤先生に加え、徳山駅のある周南市の中心市街地整備課長の職にある、野村正純氏も向え、米子駅の今後に参考になるお話を伺うと共に、米子駅、その周辺のことを考えるシンポジウム。

以下は、ざっくりその時語られた内容の抜粋です。

前半、基調講演

1.これからの駅はマチとともにあるべきだと思う。
 (かつて国鉄時代の総裁がある委員会で言われた言葉)

2.マチのことを考えてない絵が出てきて、パブリックコメントを求めること自体が問題。

3.JRに味方になってもらわないと、駅のまちづくりは難しい。

4.JRと一緒にまちづくりを進めるには、基礎自治体がしっかりしていないといけない。今の南北自由化通路の説明は杓子定規で良くない。基礎自治体が、駅をどうするかによって、マチをどのようにしていきたいかを語れないといけない。

5.飛騨高山の自由通路は日本一の自由通路。
 (飛騨地方のヒノキがふんだんに使われた木質回廊、内藤事務所設計の自由通路。)

8.市長も知事も変わる。市長の舵取りによって、まちづくりの事業は凍結したり、急進したりする。結局まちづくりでは、役所の担当者も移動があるので、組長や役所のヒトよりも、当初からの事情がわかっている人間は、拘って関わり続ける人間だけということもよくある。

9.日向市のビジョンがあって、駅のプロジェクト始まっている。周南市も同じような危機感があって、駅舎周辺をどうしたいかの話があって形態が導かれている。

10.モータリゼーションで駅の意味合いが変わってきたけど、もうすぐ次のフェーズに行く。かつては城が中心にあったマチも、鉄道が中心になり、車の普及で郊外に人が引き抜かれた。しかし、大型量販店の時代が終わりつつ有り、ようやくマチに人が戻ってくる可能性が戻ってきた。では何処に戻ってくるのか? マストランジット(大量輸送機関)の結節点である駅に人が戻ってくると思う。だから、駅の再生がマチの再生に繋がる。逆はない。駅が駄目で、マチが良くなるなんてあり得ない。だから皆さん頑張ってくださいというのが、僕からのメッセージ。

後半、パネルディスカッション内で

11.まちづくりの方針、おじさんとお年寄りが集まって決めている嫌いがあるけど、高校生とか、小学生とか、、若い人の意見があると良い。そこには、思いもつかないニーズがある。

12.若い人に意見を言わせるのも良い。 10年、20年も経てば、そこで小学生ときにまちづくりのワークショップに参加していた人間が、そのマチの都市計画課で活躍していることなんてこともある。

13.(パブリックコメント資料の)デザインは決定していない、、その言葉には気を付けたほうが良い。

14.マチを歩くことから考えることを始める。

15.未来の駅は、、、駅は近い将来、マチに溶けていくんじゃないか。10年後か、上手く行けばそれより早く、ラッチがなくなる。ラッチがなくなるというのは、切符とかがなくなって改札がなくなる。顔認証とかICとかで、後から課金とかあるんだけど、境界がなくなるというか、そういう感じで。

16.岩見沢は、人口流出に悩む行政の長と、右肩下がりに乗降客数の減るJRの長がお互い波長があった。マチが落ちてきているのが目に見えてた。米子の場合も、やっぱりマチを引き受けている責任者と、鉄道の事業者である責任者が、ちゃんと話し合う。じゃないと、よくわからない間に、よくわからないものがこういうふうに出来上がる。駅ビルってったて、それもマチに対してかなり立面が出てきますよね。それが米子のマチにとって、相応しいかどうか、誰もわからない状態で出来上がるって恐ろしくないですか?マチの側もしっかりしないといけないんですよね。マチの側も、どういうふうに米子を作っていきたいのか話が出来ないと、ただお金の話とか、制度の話とかになっちゃう。そういった話が出来てないと、絵を見て、良いとか悪いとか言っても、それは趣味の問題でしょ?って話になっちゃう。あなたはそういうけど、他のヒトは違うこと言うよと。だから僕は、基本的な考えというのが求められてるんじゃないかと感じる。

17.市民も最初は行政に不信感がある。行政も声の大きな市民の意見を警戒している。時間を共にすることによって、市民と行政の信頼関係は醸成される。

18.入札もそうだけど、プロポーザルも不完全な制度。やる以上は、深く関与して責任を持ってやってくれる人間を選ぶのが良いと思う。最近の潮流に少し精通してて、デザインが上手くても、都会からやってきてちょっと面白いことをしてやろうとか、なんか嫌ですよね。多少下手でも真心を込めて仕事して欲しい。そういう意味で、建築家の作品主義というのは、全般的にひん曲がっていると感じる。

最後、質疑回答と締めの言葉より。

19.(学生の何故、飛騨高山の駅は日本一で、米子駅の提示されている案が不味いのかという質問に対して内藤先生の回答)飛騨高山は、最初から日本一って言い切ってやろうと思っていた。市民の誇りになるかという話。 市民が本当に誇りに思って、唯一のものだと思えるのだったら、日本一と呼んでいいと思う。それには、デザインと、設計といろんなものが高いレベルで組み合わされなければならない。米子の駅の案には、それを感じない。機能的な流動性と、成るべくコストを下げたいという案ではあるとか思うけど、 お金がないのであったら知恵を出すべきだと思う。 そこに心を込めて、米子のこの場所で、お金のあるなしに関わらず、設計者は考える責任がありますよね? この絵には、そういった気配を感じない。それが気に入らない。

20.(米子市議会議員さんの、米子駅南北自由化通路の案に対し、何処が具体的に不味いと指摘したら良いかという質問に)僕だったら、設計担当者に米子のマチをどう考えているか聞く。その後に、この設計が叶っているかどうかを伺うのが良いと思う。

21.基礎自治体は、これから夕張みたいになるところが少なからず出てくる。こういうマチにしたいとか、語れるマチではいと衰退していくんだと思う。出来ればそれは、組長さんに語って欲しいこと。

22.米子のマチ、すごく良いマチだと思うだけど、もっと大山をリスペクトしたら良いんじゃないかなと思う。 駅だけの話じゃないけど、米子と言えば大山がよく見えるマチみたいなふうになったら良いんじゃないかな。駅に関しても大山が見える場所があるとか。もっと、そういう風にしても良いと思う。

23.まちづくりには終わりがない。まちづくりは、市民と行政の運動体みたいなものなので、いつも未完成のまま転がっていくもので完成形がない。

~以上。

120人程度と、米子市の自由化通路の市民説明会と同等の人数は集まったものの、市民の関心をもっと高める必要性を感じたが、日本全国で駅に係る建築設計に係る内藤先生のお話が伺えたこと、ちょうど内藤先生設計の周南駅(建築中)でまちづくりを担当されている野村さんのお話を伺えたこと、本当に良かったと思う。内藤先生には、何故今の米子駅の事業が不味いか、的確に根本的な指摘をしてもらったと思うし、根気よく具体的に何をしていかなければを示唆していただいたと思う。 僕は自分の言葉でいうと、米子駅南北自由化通路のパースに関しては愛が無いって表現してたんだけど、そういった根本的なところ。自分も米子のマチに何が必要かも具体的に語れないといけないなと感じた。政治家になりたいわけではなくて、建築は元来、政りごとだけんね。建築の仕事をしている人間は、そういうことが語れんといけんと思っています。